「やる気がないわけではない」のになぜか「やる気がない」とみなされがち、な問題
実は今まで、息子(小6)の野球を
あまり積極的に観に行かなかった。
夫が審判やコーチにかり出されていたから
娘たちの用事に私がついた、という事情もある。
しかし大きな理由の一つは
やる気なさそうに見える息子を見るのが
嫌だったから、である。
やる気が無いわけではないらしいのだが
覇気がないように感じる言動。
下手でも声が大きく覇気があれば
可愛がられるような空気の中で
どこかスカしているように見える。
「なんだよ〜その態度、誤解されるし、
損するだろ〜、失礼だろ〜」と
言いたくなる自分も嫌だった。
「眼鏡が余計にスカして見えるんじゃないか、
ハキハキしないと
C-C-B(古)みたいにピンクの眼鏡に変えるぞ!
フッフゥ〜」と言ったことも何度かあった。
自分は、引きこもりインドア系のくせにな!
コミカル!〜漫画で読めるライフハックマガジン〜第79号で佐々木さんが
「やる気がないわけではない」のになぜか「やる気がない」とみなされがちな 人の問題に触れて
「やる気」というのは純粋に「個人の中の精神エネルギー」みたいなものなのに実際には「社会的に評価される指標」といった面があることを指摘している。
「やる気」を扱うことと
「やる気」がちょうど良い具合にあるように見せる技術
チームで動く時には
両方必要なのかもしれない。
やる気があっても
周囲に理解されないと
やる気そのものが消える事も
よくあるからだ。
「やる気」、、、どうにも手放せぬが、扱いにくきもの!